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01)ジン丼を作った男たち アーカイブ

2006年12月08日

ジン丼を作った男たち

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滝川駅前行動隊−北海道に滝川市っていう小さな街がある。そんな街知らないって人も多いと思うが、今は全国的に有名になったジンギスカンの街だ。この街も大型店が進出してきて昔からある商店街も客足を奪われつつある。そんなとき駅前商店街の若手が中心となって、滝川駅前行動隊が誕生した。目的は「とにかく目立って人目を引く」「客足が少なくなってきた商店街に活気を取り戻す」だ。駅前行動隊の行動開始は、地元FM放送局での週一回放送の番組を持ったことだ。それから①ゴミのリサイクル抽選会②焼き鳥・そば・ラーメンの摸擬店③盆踊り④クリスマスイベント⑤レトロイベント⑥地元野菜の朝市⑦増毛のうまいものまつりなどを行ってきた。
ジン丼の産声−2005年に春に行われた月一の定例会議で、次はどんな事をするかの話し合いを行っていた。だがイベントについてはやり尽くしてきたので、次はイベント以外で何をするかというテーマであった。何か発言提案すると発言者が担当責任者になることがあるので、誰一人発言する者はいなかった。水を打ったような静けさで、それは「お葬式」のようだった。
結局その日の会議では何も決まらないままに終わった。会議の後、その内の3名が行動隊に参加しているいつもの焼肉店に反省会がてら食事に行った。酒も入り反省会というよりは雑談よもやま話に花が咲いた。その時に「行動隊で滝川の新名物を作ったらどうだ」ということになった。その時にイメージしたのは、新橋のサラリーマンが仕事帰りに気軽に屋台で食べるような感じ。吉野家さんの牛丼のように簡単に作れて、1コインで食べれるような物。滝川といえば牛肉より羊肉、ジンギスカンで丼が出来ないか、ここからジン丼の開発が始まった。担当者には食事をしてた焼肉店の店長と、食べることや色々なジャンルの調理が得意という理容室の専務がその場に居合わせ、さっそく試作品を作り食べ続けることになった。
(この稿連載寄稿 滝川駅前行動隊 長野智也記)

2007年01月16日

ジン丼を作った男たち

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~羊肉を食するどうどう巡りの日々~ [特別寄稿第2話]
試作を始めるために焼肉店に足を運んだ。「味」「食感」「味の再現性」「コスト」の4点をテーマにディスカッションが始まった。まずは試作台1号を完成させてみた。玉ねぎとニラ、そしてジンギスカンを煮込んで、吉野家さん風にしてみた。肉はジンギスカン本来の柔らかさを失っていた。それとジンギスカンを煮込むと、ある一定の時間を超えると味も食感も激変してしまうのだ。それも、悪い方に。これでは販売時間が限られてしまうし、味も食感も落第点だ。どうすれば肉の柔らかい食感をだして、いつでも同じ味に出来るのか。これを課題に次回の集まる日を決めその日は解散した。その時に試作用に用意した肉を自宅に持ち帰り、他の調理法はないかと考えてみた。普段の私は鶏肉や牛肉等を家庭用の魚焼グリルでホイルに包んで焼いていることを思い出し、早速試してみた。味も食感も煮込んだ時に比較すると、多少は良くなった気がした。しかし実際に販売するときのことを考えると、結果的には不向きだった。ホイルに包む手間が一つと、代わりに業務用のオーブンの購入も考えたがコスト高すぎる。それに丼物の基本である「汁だくの、ごはん」と言う点でも少し物足りない感じがした。ジンギスカンについて少し考えてみると、滝川では羊肉をタレに漬け込んだ物をジンギスカンというのだ。この羊肉を漬け込むタレを調理に取り入れられないかと考えた。早速次の集まりの日に焼肉店の店長に相談してみた。玉ねぎとニラと一緒に「もやし」も入れてボリューム感も出してみた。その三つの食材と一緒にジンギスカンをフライパンでタレと合せてみた。あと一歩で合格点と言う感じであった。そこで試した肉の厚さを変えてみた。2ミリと3ミリと5ミリと試してみた。あと他に合わせる食材も考えてみた。たまたま相談していた焼肉店のテーブルにあるメニュー表が目に入った。(次号に続く 滝川駅前行動隊 長野智也記)

2007年02月26日

ジン丼を作った男たち

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ジン丼を作った男たち
~ヒントは前にあった~[特別寄稿第3話]
たまたま相談してた焼肉店のテーブルにあるメニュー表が目に入った。そこには「キムチ」の文字があった。試作品にのせてみた。かなりの好感触であったその他に「とうきび」や「アイヌネギ」もトッピングとして考えてみた。そこで行動隊メンバーに最終判断をしてもらうべく、全員集合をかけた。
夜8時を過ぎる頃、行動隊の面々が集合して来た。そこでキムチ等のトッピングを試してもらった。予想通りキムチ行動隊員の発した言葉で気付いた。「確かにキムチは合うが、北海道らしさや滝川らしさが感じられない」との発言だった。ジン丼は滝川の名物になってもらいたい。それに色々な具材を使うには、仕入れ費用が高くなり提供する価格も高くなってしまう。普段気軽に多くの人に食べてもらう為にも具材もシンプルにする必要があった。「滝川らしく」「シンプルにアピール出来る」そこで行動隊メンバーにいろいろと意見を聞いてみた。最終的に「ニラ」「小ネギ」「白ゴマ」それに滝川名産である「玉ねぎ」を使用することに決まった。醤油ベースの特製タレも決まった。玉ねぎとニラをタレで味付けしてフライパンで焼いたラム肉と丼で合わせる。そこに汁だくにするためにタレをかけて「ジン丼」が完成した。このジン丼を最終的にアレンジして完成させたのは、洋服店に勤務している従業員によって完成したことも書き加えておきます。
(この稿連載寄稿 滝川駅前行動隊 長野智也記)

2007年02月27日

ジン丼を作った男たち

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〜もう一つの主役〜[特別寄稿第4話]
行動隊が全員集合した夜に、もう一つの主役が登場した。「屋台」である。その原型である模型が登場した。屋台は組立て式でトラックでの運搬可能になっていた。この模型と実物の屋台は、行動隊の看板店を経営している隊員一人の手で完成した。商店街の並びにある車庫の前で製作したので、通行人も立ち止まって物珍しそうに眺めていた。滝川では屋台で営業している店がないからだ。そしてジン丼と屋台がデビューする日が決まった。「滝川納涼盆踊り」が初陣となった。その後、ジン丼が飛躍的に知名度を上げ広まって行く事は、この時点では想像しきれなかった。
(この稿連載寄稿 滝川駅前行動隊 長野智也記)

2007年04月12日

ジン丼を作った男たち

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~初陣~[特別寄稿第5話]
平成17年8月14日、この日は「滝川納涼盆踊り」という行事で、一年のなかで最も駅前行動隊が力を入れるイベントの初日である。例年であれば大きなテントに焼き鳥等の模擬店が並び、来客者達の胃袋を満足させるのだが………今年は少し様子が違っていた。前回の話でも少し触れたが「屋台」である。このあたりの地域ではリヤカーの様なタイヤが付いて大きな少し焼け焦げたような独特の色合いの木材で出来た屋台は、とても物珍しく人目を引いた。その屋台には「じん丼」の暖簾があり、来客者達は見慣れない「じん丼」の文字に足を止めた。その屋台では、滝川駅前商店街のハッピを着たスタッフ達が大きな鉄のフライパンから炎を出して生ラム肉を調理していた。じん丼屋台の前には行列が出来た。
気付くと材料がなくなり慌てて追加して販売した。このイベントは二日間続けて行われており、じん丼は大好評で幕を閉じた。
(この稿連載寄稿 滝川駅前行動隊 長野智也記)

ジン丼を作った男たち

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~第2ラウンド~[特別寄稿第6話]
それは同じ年の9月9日に月形町で行われた「メロンジャム」というロックフェスティバルに出店を依頼され、朝から屋台を2tトラックに積み込んで行った。この屋台は一部が分解可能な作りになっていて、2tトラックに搭載が出来るのである。この月形町のイベントは最後の開催の年であった。会場は髪にポマードを付けリーゼントに革ジャンといった人々で埋め尽くされていた。多少場違いな感じがしたが、月形町でも「じん丼」は炊飯が間に合わないほど大人気であった。昼から夜のイベントであったが、来客者やステージに立つアーティスト達からも大好評であった。ステージの上で「じん丼サイコウ!」と叫ぶボーカルもいた。滝川でも月形でもジンギスカンは食べられていたが、「じん丼」という新しいスタイルも受け入れられ、行動隊の面々は「小さな自信」を得た。
翌月に滝川駅前のスマイルビル地下1階で行われた「くるる収穫祭」では、北海道のSTVというテレビ局の取材も来て「じん丼」を「どさんこワイド」という北海道内ではメジャーな番組のニュース特集として取り上げられた。夕方の6時代のニュースの時間に5分近く放送された。「じん丼」を開始して一ヶ月ちょっとでのテレビ放送は、暗い話題が多かった田舎の町では快挙に近い出来事であった。この日は新聞社も取材に来て、後日の全道版の記事にもなった。でも話題として取り上げられるのは、これで終わりではなかった。
(この稿連載寄稿 滝川駅前行動隊 長野智也記)

2007年05月07日

ジン丼を作った男たち

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~はばたく羊~[特別寄稿第7話]
 前回話した地元(北海道)でメジャーなテレビ番組で放送された興奮の余韻が残る平成18年3月、新たな取り組みを始めた。コマーシャルDVDの制作である。撮影はプロに依頼して、出演者は当然のごとく駅前行動隊である。まだ雪が残る3月4日に滝川駅前のスマイルビルの前で撮影を開始した。この日はイベントではなく撮影のためだけに屋台で「じん丼」を調理し、通行人の方に「振る舞い」を行なう形であった。屋台の準備を始めると行列ができた。少し肌寒い時期、熱々のじん丼は集まった人たちの笑顔とともに胃袋に消えていった。撮影はじん丼の品切れとともに幕を下ろした。この時の様子はDVDに編集されて、屋台前に設置したテレビで再生することとなった。DVDには本物の羊も映っており、一般的なテレビコマーシャルよりも少し時間の長い作品に仕上がっていた。この時もう一つのビックニュースも同時に進んでいた。今まで「TV」「新聞」には登場していたじん丼が、もう一つのメディアに登場することになった。それは「雑誌」である。
滝川の色々なレストランや焼肉店等で「じん丼」がメニューに載るよるようになり、これが「じん丼キャンペーン」としての取り組みになり、参加店には共通の旗も設置された。
その様子が有名な「じゃらん」で特集されたのである。しかも、「じゃらん」が行なっているテレビ番組の特集でも取り上げられたのである。じん丼を滝川の新名物にと考案して色々なイベントに参加してきたが、このキャンペーン終了後もじん丼を定番メニューに加えた店が多数あり、滝川の新しい食文化として定着した。4つ目のメディアであるインターネットでも話題となって、市外からじん丼の為に滝川を訪れる人も増えてきた。最近では有名な全国的コンビニエンスストアでも「ジンギスカン丼」の販売を開始した。これは当初の広がりの想定の範囲外であった。
(この稿連載 滝川駅前行動隊 長野智也記)

ジン丼を作った男たち

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~羊を巡る冒険~[特別寄稿第8話 最終稿]
今の段階で駅前行動隊の「じん丼屋台」の活動は未定である。だが長距離の運搬にも対応している構造の屋台のため、次の営業は「あなたの住む街」かもしれない。
(連載最終 滝川駅前行動隊 長野智也記)
~あとがき~
 「ジン丼を作った男たち」を最後までご愛読いただきまして、ありがとうございます。当初の予定より長くなってしまいましたが、どうにか書き上げる事ができました。この記事を見て「じん丼」や「じん丼の街、滝川」に少しでも関心や興味を持って頂ければ幸です。
 最後に、執筆は初めての事なので、乱筆・乱文であった事をお許しください。

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A.C.T.ing編集部

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